16  哀愁調 「行春哀歌」(ぎょうしゅん あいか),作詞はペルシャのオーマカイエモンの翻訳で知られる詩人矢野峰人,曲は与謝野鉄幹作詞の「妻をめとらば」と同じ。行春哀歌の詩の中には印象的なフレーズが多く,とくに”……ああ 青春は 今かゆく 暮るるに早き 若き日の…”には哀歓が満ちている。  
 17  叙情調 「夢」の挿入歌,映画”夢”は黒澤明監督最後のオムニバス作品で,漱石の「夢十夜」とイメージが重なる。8話からなる最後が「水車のある村」で,名優笠智衆演じる老人が,水車を直している傍らを葬礼の列がこの陽気な歌を歌いながら通り過ぎていく。印象深い名曲である。
 18  叙情調 「明治村から」,徳川無声・森繁久弥といえば,朗読の名人泰斗である。そして今は小沢昭一がその第一人者であろう。また日本人の尚古趣味は明治村(犬山市)・大正村(明智村)・昭和村(加茂町)を作り上げた。小沢昭一は明治村の初代徳川無声 二代目森繁久弥に続く三代目現村長である。小沢昭一が朗読風に歌いあげた曲である。
 19  叙情調 「会議は踊る」,ナポレオン後のヨーロッパを議した1814年ウィーン会議は,当時から”会議は踊る”といわれ,続けて”されど進まず”といわれた。議論は活発であるが結論がでないことを揶揄したのである。”会議”と”踊る”との組合わせは普通使わない”相性”のない言葉同士であり,それがインパクトを与える(もともとのフランス語でも会議と踊るという単語が使われている)。曲は昭和9年同名の映画の主題歌である。
 20  叙情調 「都井岬 旅情」,中学生時代平田教頭から”日本には2つの秘境がある。知床半島と都井岬”だと教わった。長じて多くの旅行をし,この2つも訪れてみた。そして日本の絶景といわれている所もたいしたことはない,秘境といわれているところも今ひとつだなと悟った。日本の秘境宮崎県都井岬を叙情豊かに歌い上げている。
 11  哀愁調 「さすらいの唄」,大正6年北原白秋作詞,大正のセンチメンタリズムが漂う名曲である。「…ロシアは北国 はてしらず 西は夕燒 東は夜明け 鐘が鳴ります 中空に…」という歌詞は,シベリアの広漠で寒々とした風景が眼前に迫り,印象深いフレーズである。(投稿いただいた方のために,追加しました。探せばもっと出てくると思います)                 
 12  寮歌 「暁雲(ぎょううん)こむる」,旧制松山高等学校大正9年寮歌,ワルツ調で多くの寮歌の中でも秀逸の名曲である。山田洋次監督の映画「ダウンタウン ヒーロズ」では,松高を代表する寮歌として使われている。
 13  軍歌調 「嗚呼 北白川宮殿下」,北白川宮家の2代永久王(ながひさおう)は,昭和15年陸軍大尉として赴任した蒙疆(もうきょう,中国北西部)で,墜落してきた味方機に巻き込まれ31歳で薨去(こうきょ)した。その宮を悼んで作られたのがこの曲である。曲中「竹の園生(たけのそのお)」という言葉がありその意味を知った。
14  寮歌 「躑躅(つつじ)の花びら」,旧制浦和高等学校の寮歌である。ボニージャックスが歌ってLPレコードに収録されているが,なぜか他で見ることがない貴重な曲である(他校の歌との投稿をいただき調べた結果、東京経済大学寮歌で、さらに元歌は昭和十三年北大寮歌「津軽の滄海の」でした。
15  叙情歌 「鎌倉」,鎌倉の名所旧跡を織り込んで作られた曲。文部省唱歌で作曲者は不明。中学生のとき渡された東京への修学旅行の冊子の中にこの曲があった。こんな素晴らしい歌があったのかと感動し,音楽の西田先生に何度もお願いして練習した。多くの人が歌っているので,いろいろなバージョンを集めている。曲中「…英雄 墓は苔むしぬ…」と英雄頼朝もやがて滅ぶ無常を歌っている。
 6  軍歌調 「昭和維新の歌」,昭和 11年2月26日革命家北一輝・西田税の思想に影響された陸軍将校安藤大尉,野中大尉らは兵を率いて,政府重臣を襲い,山王ホテルに布陣した。世に言う226事件で,この反乱軍が歌ったのが515事件の首謀者である三上卓が作詞作曲(詞の多くは土井晩翠と大川周明からの剽窃)した「青年日本の歌」である。彼らが昭和維新を標榜したことから通称「昭和維新の歌」ともいわれる。曲頭の「汨羅(べきら)の淵」とは楚の詩人屈原が入水した地である。乱れた世を象徴して「世は一局の碁なりけり」と歌ったのは卓見である。”社稷”という言葉は,この歌で覚えた(この言葉は古事記にも書かれている)。いろいろな人が歌っていて,多くを集めている。  


 7  軍歌調 「515の歌」,昭和 7年5月15日,海軍将校は政府要人を襲い首相犬養毅らを暗殺する515事件を起こした。犬養の「話せば分かる」との説得に「問答無用」と答えた将校の言は,軍国主義を象徴する言葉として有名になった。この事件は至誠から出ていると好意的にみられ海軍中尉三上卓らは比較的軽い罪となった。のちにこの事件を題材に作られたのがこの曲であるが,ほとんど知られていない。
 8  演歌調 「忠義桜」,1332年南朝の家臣児島高徳は,隠岐に配流となる後醍醐天皇を岡山院庄で奪還しようとしたが,厳重な警備の中で断念,桜の幹に「天莫空勾践 時非無范蠡」と書付て天皇を慰安した。院庄に行くとこの曲がかかっておりレコードを売っていた。書付けた漢詩は高校時代に知ってよく使っていた(最近行ってみたらこのレコードは売られていなかった)。小松左京は”天 勾践を空しゅうするなかれ 時にハンペン 無きに 塩から”と茶化した。
  9  童謡調 「そばの花咲く」,1951年日本で国産カラーフイルムを使って最初に作られた総天然色映画「カルメン故郷に帰る」の挿入歌である。作曲は若き日の黛敏郎で彼の師であった万葉学者犬養孝は,主宰する万葉旅行の行き帰りには必ずこの曲を参加者全員で合唱した。私もそのときに覚え数種類を収集した(なおこれは犬養先生の勘違いで,映画と同名の曲が黛の作曲したものであり,「そばの…」は監督の木下惠介の弟忠司の作曲であった)。映画は浅間山麓北軽井沢を舞台とした牧歌的・娯楽的である名画で,今はなき懐かしい軽便鉄道が映っている。
 10  演歌調 「ノルマントン号」,1886年(明治19年)10月24日イギリス船籍の貨物船ノルマントン号が熊野灘で暴風のため沈没した。この遭難では,白人はいち早く逃げたとされ,残された日本人全員が死亡し世論が沸騰した。この事件の詳細な経過が分かる歌詞になっている。
 21  懐古調 「航空百日祭」,タイトルはユニークであるが,なかなかの名曲である。当初何が百日かが分からず,また歌詞の中にもその説明がないので長く不明であった。東京銀座にある大連からの引揚者のおばさんが経営する寮歌や軍歌が歌える酒房「藤井」で聞いても分からなかった。その後百日祭とは航空士官学校で卒業の百日前に行われる別離の会であると知った。
22  寮歌 「紅散りし」,全国に1から8までの番号をつけた旧制高校があり,その一つが金沢にあった第四高等学校である。第四高等学校寮歌で有名なものは,京都第三高等学校と対抗試合をするため南する選手を鼓舞するために作られた「南下軍」で広く知れている。しかし最近「去寮の賦」としてこの名曲があることを知った。
23  演歌調 「花散る下田」,大学受験の苦しい勉強を続ける高校三年生の春,読売新聞に桜の写真と記事があった。それは下田にある桜で,これを見て大学に受かったら絶対にこの地を訪ねてみようと決めた。そして調べていくうちに下田で唐人お吉が知られその墓が宝福寺にあることも知った。大学に合格し真っ先に下田に行き宝福寺を訪ねた。この曲は唐人お吉を歌った曲であり,幾度も吹き込み直された中でも,当初の音源である。
 24  叙情調 「なつかしの日本平」,日野てる子は,昭和30年後半から40年にかけて活躍したハワイアン出身の歌謡歌手である。明眸皓歯という表現がまさにぴったりの黒い瞳と白い歯と笑顔を持った元祖癒し系であった。その彼女が日本平を歌ったご当地ソングである。その歌声を聞けば,今は亡き彼女のあの笑顔が彷彿として眼前に現出せんか。
 25  青春調 「白樺の丘」,青春歌謡には星・花・海・夕焼けなどの定番が織り込まれているが,白樺も多い。高田美和のこの曲も白樺の重なる丘を歌った名曲である。彼女の可憐な清涼な声が白樺のイメージと重なる。
 26  叙情調 「鎌倉旅情」 ちょっと聞いてああいい曲だと思っても,なかなか手に入らないということはよくある。インターネットが普及してダウンロードやオークションで入手できることも多くなったが,それでもレヤな曲は気長に待たなければならない。そうした曲でやっと手に入れたのがこの「鎌倉旅情」である。「鎌倉」とモチーフが似ているが,その哀愁を帯びたメロディは秀逸である。  
27  哀愁調 「世界を賭ける恋」 小学校のときこの曲を聴いた。そして世界には”アンカレッジ”があり”オスロの火祭り”があることを知った。その部分のメロディが今も頭にこびりつき残っている。  
28  青春調 「角笛を吹こう」 突然角笛を吹こうといわれても,どうしたものか。ハーモニカや縦笛ならあるが,角笛を一体何人の人が持っているというんだ?。楽器店で売っているのもとんと見たことがない。それでも美和ちゃんは,角笛を吹こうと迫る。角笛・角笛とこれでは夜も眠れないぞ。とにかく角笛を手に入れて,一度吹いてみよう……。  
 29  寮歌調 「蒙古放浪歌」 蒙古は現在のモンゴルや中国の内蒙古を含むモンゴル高原を中心とした地域をさす。戦前中国に進出した日本は,この蒙古をも手中にとたくらんだ。そのため多くの日本人が大陸浪人となって中国や蒙古を”放浪”した。その茫洋とした大地に彷徨うさまを大らかに詠った名曲である。  
 30  寮歌調 「春まだ浅く」 石川啄木の秀詩に曲をつけたもの。早春を”春まだ浅く”とし,三日月を”月若き”と表現する。3番までの全ての言葉が美しく,まさに言霊の籠もった歌である。古賀政男の曲もこの詩の価値を高めている。こうした歌が全く作られなくなった今,流行歌はどこにいくのであろうか。  
これまで幾多の曲が作られてきたことでしょう。しかし作られた当初は広く人口にも膾炙したものの,やがてそのほとんどが遠く忘却の彼方へと去り,ネット上でさえも何の痕跡も残らない曲がたくさんあります。

私は学生時代からFM放送を録音し,その中で気に入った曲だけを集めてきました。その数万曲の中から,”名曲”を選び紹介しようと思います。そのほとんどが,既に人の葉にものぼらなくなっていますが決して忘れてはならない名曲ばかりです。私好みに選んでありますので,ちょっと短調,ちょっと”寮歌調”,ちょっと歴史調,ちょっと青春調 ,ちょっと”哀愁調”かもしれませんが……。

ビデオは一度見たものを何度も見直すことはあまりありません。しかしいい曲は覚えるまで何度も聞きます。そして覚えた後もさらに聞いてみたくなる……,それが名曲だと思います。名曲をご紹介します。
(50年の著作権の切れている曲も多いと思いますが,問題があればお申し出に直ぐに対応いたします。曲名がよく分からないものもあり,その場合は曲頭の歌詞をそのまま使っています。情報社会とは情報を守るのではなく,情報を共有して情報を使い豊かな社会を作ることだと思うのですが…。私は個人情報保護のコンサルをしていますが,個人情報が保護されすぎ有効に利用されていない今の情報社会には,大きな疑問を感じています)            ふるべ ふるべ ゆらゆらふるべ  ふれば いにしえ よみがえる ………
 1  懐古調  「ブーゲンビリアの花咲けど」,この曲をWebで引いたが,全く痕跡さえ残っていない。こんな名曲が忘れ去られているのを惜しみ,このページを作ることを考えた。舞台はサイパン島,タボチョは島の最高峰の山の名である。激しい戦争を懐古し,そこに美しく咲くブーゲンビリアを平和の象徴として歌っている。
 2  哀愁調  「鳳仙花」,韓国古謡で抒情豊かな名曲。最初に聞いたとき感動した。なかなか曲が入手できずにいたが,やっと歌手が異なる数種を手に入れることができた(渡哲也や島倉千代子の同名曲とは別のもの)
 3  軍歌調 「 アッツ島血戦勇士の歌」,アッツ島はアリューシャン列島にあり,太平洋戦争の昭和18年に守備隊が玉砕(全滅)した。玉砕は日本軍初めてのことでありこの歌が作られた。曲中「山崎大佐 指揮をとる…」というフレーズは印象的である。詞から戦闘の様子が詳細に分かる。
 4  演歌調  「ひばりに 恋して」,美空ひばりは不生出の昭和の歌姫である。低音から高音のファルセット(裏声)へ自然に移る歌唱法ができるのは,歌手幾多あれど,彼女だけである。多くの歌手がこの唱法を真似しようとしているが,やはり通常音声で高くするだけなので”首をしめたような高音”になっている。この曲はひばりの名曲のメロディと歌詞を入れて作られている。
 5  演歌調  「花のマーブル通り」,大阪心斎橋筋通りに昭和35年大理石(マーブル)の舗装が完成したことを記念して作られた曲。藤本二三代が歌っている。曲中”…婚約指輪 今日こそ買いに 連れって……”というくだりは,古きよき時代の女性像なのかもしれない。